縄文以前の地層にビニールゴミ?

前記事の補足メモ

1.今日の国会(2018年3月28日)民進党 川合孝典議員の質疑より

森友の土地の9.9mからビニールのゴミ?:
「1.2m~3m以深の地層は沖積層、洪積層つまり1万年以上前の地層と分かっている。
そんな地層からビニール袋が出てきたら世紀の大発見!」
      

2.報道ステーション(2018年3月26日)より

森友が買った土地に接する曲がりくねった道は昔の堤防のなごり。
土地はかつての堤防に南北で挟まれている。
土地南側の堤防が現在の取材対象の道路に、北側は名神高速になっていた。

報道ステーション取材陣は郷土史「聞き書き 水とくらし」と古地図を読み解く。
森友の小学校予定地は 明治42年の地図では 湿地帯、堤防と堤防の間の洪水緩衝地帯で誰も住んでいなかった。

取材に応じられる豊中市野田町自治会長
乗光恭生(のりみつやすお)さん77歳が来た時は公園も含めてずっと田んぼだった。

昭和の高度成長期(1955~1973年)に 人が増え家が一杯建った。

1970年(昭和45年)大阪万博の際、伊丹空港拡張で飛行ルートの真下となる。
騒音問題でこの地域一帯を国が買い取り、住人は去っていった。

1995年の阪神大震災の時点で仮設住宅が次々建てられた。

乗光さん曰く、マンションつぶした後の鉄骨のゴミは確かにあった、生活ゴミも少しはあった。

豊中市が国から防災整備の補助金を使って14億円で、国有地の東側半分を買った→ 現在の野田中央公園に
残り西半分は大阪音楽大学が7億円で買おうとしたが、国が安すぎると突っぱねた。
それなのに森友には1億3000万円で売った。

地質について
2012年、国交省のボーリング調査で地表3m下に大量の貝がら
現地から北へ800mの場所に遺跡: 穂積遺跡
地域は縄文時代には海だった。
地表4mより下は貝殻が埋まっている。
会計検査院の調査結果:
ゴミについて深度、混入率について十分な根拠がない。記録も廃棄されて十分な検証もできない。
(改ざん後の文書で調査させられてるから、改ざん前オリジナルでやり直すべきでは?)

以上から、昭和期以降、森友に売った土地の地中深くに生活ゴミを埋める史実はなさそう。
ビニールなどの生活ゴミが地中深くにあるとは思えない。
学園と国と、口裏あわせと思われる録音テープも存在。
8億円値引き根拠の「ゴミが地下3m~9.9mにある」というのは嘘じゃん?
これ、嘘じゃない証明は誰がするの?
財務省と国交省がすべきでしょ?

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プロフィール

ぶるどねーじゅ

Author:ぶるどねーじゅ
はじめまして。
家族とわんこが大好き、
自然や植物が大好き、
Classic&Jazzが好き。
サザンも大好き。
信州に暮らしております。

14歳11ヶ月のままの
愛犬シャーロック
(1998.5.2~2013.4.16)
の穏やかな眼差しを感じながら
庭作りをしております。

風任せ、気ままにつづります。

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