追記 (「マルセイユの朝~スタッド・ヴェロドロームと夾竹桃など」へ)

(以前の記事の追記として)

地中海に開かれた玄関口であり続けるマルセイユ。
流入する移民や難民の問題も抱え、どう向き合っているのかという部分、学ぶべきものがあります。
南仏は保守派が強く、昨今では排他的な極右勢力も増していると耳にしますが、単純ひとくくりに見てはとんでもない誤解をしてしまいますね。

3年前の情報ではありますが、とても興味深い資料を見つけました。

「欧州文化都市」や、マルセイユのことを調べていて、ナショジオ日本版(2012年3月号 超国際都市マルセイユ)の次の一文に目が留まり、フランスという国の懐の大きさ、柔軟さに改めて惹きつけられる思いがしました。
「マルセイユには、ユダヤ教、キリスト教、仏教、イスラム教の指導者が集まる「マルセイユ・エスペランス」という組織があり、市と協力して暴動や騒乱を未然に防いでいるそうです。行政がそうした取り組みをできるんだというのが、私にとっては新たな発見でした」と。
他の宗教を尊重し、対等に共存する努力をされている!!!
これが世界中で実現できたら、大半の戦争を未然に防ぐことにつながるのではないでしょうか。

また、
DE Magazin Deutschland 2/2013 Japanese
http://mc.deutschland.de/fileadmin/media/e-paper/epaper-Deutschland_2-13_J/page53.html
によると、
マルセイユ/プロバンス都市圏が文化首都に選ばれた根拠のひとつは「地中海」という視点。
アルジェリア、モロッコ、チュニジア、エジプト、イスラエル、パレスチナの文化施設や芸術家との共同作業で900ものプロジェクトが成し遂げられたということにもスケールの大きさを感じます。

フランスは文化首都事業の副総裁にドイツ人を起用し、独仏関係史というデリケートなテーマを扱うイベントを多数行ったということにも尊敬の念を覚えます。
その副総裁へのインタビュー記事の次の部分は特に感銘を受けました。

『エリゼ条約(独仏友好条約)締結50周年の式典があった13年1月22日の翌23日は、ナチスによるマルセイユ最古のパニエ地区破壊からちょうど70年目に当たっていました。当時同地区に住んでいた人々は収容施設に連行されたのですが、そのことを知るドイツ人は少なく、フランス人のなかにも知らない人がおり、「記憶-亡命」と題するシリーズのうなかで取り上げることになりました。
また、私が個人的にとくに心血を注いでいるプロジェクトとして、
Ici Même (まさにここで)」があります。
これはドイツ各地に広がった「躓きの石」プロジェクトに似たもので、殺害されたユダヤ人市民の運命を記憶にとどめるために町の各所に目印を置き、第2次大戦中のマルセイユの歴史について考えることを促します。』

今回の旅行では残念ながら、具体的な「 Ici Même」には出会えませんでしたが、今の日本人にはとうてい真似できないような文化事業がなされていて、マルセイユの町を蘇らせていたことは確かのようです。

line小花

一方で、今朝のニュース。。
トルコやドイツで起こされた憎むべき凶悪な事件。
どう向き合っていけばよいものやら。

でも、懐疑心、恐怖心だけが渦巻く世界にはなりませんように。


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プロフィール

ぶるどねーじゅ

Author:ぶるどねーじゅ
はじめまして。
家族とわんこが大好き、
自然や植物が大好き、
Classic&Jazzが好き。
サザンも大好き。
信州に暮らしております。

14歳11ヶ月のままの
愛犬シャーロック
(1998.5.2~2013.4.16)
の穏やかな眼差しを感じながら
庭作りをしております。

風任せ、気ままにつづります。

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